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2013年11月21日
歯周病症例2(新聞読者 W.Mさん)
<歯科標準サイズX線写真 下顎左側第二小臼歯部>
2007年3月初診
病変は矢印で示された骨の中の黒い部分、骨が溶けています。
2年5ヶ月後
白点線内が骨再生中の部分で、初診時より黒さが薄くなっています。
<CT画像 左側第二小臼歯部 ま後ろから見た場合>
1年9ヶ月後
矢印部(頬側)では歯根を被っている歯槽骨が確認できないほどに薄くなっています。歯槽骨が辛うじて付いているかもしれません。
2年9ヶ月後
矢印部にはっきりと歯槽骨の再生が確認できます。
歯周病症例3(新聞読者 M.Sさん)
<歯科標準サイズX線写真 右側第一、第二大臼歯部>
2008年8月初診
骨が尖っているのが確認できます。
病変は矢印で示された骨の中の黒い部分、骨が溶けています。
1年2ヶ月後
白点線内が骨再生中の部分で、初診時より黒さが薄くなっています。
上記写真で尖って見えたところまで骨が上がっています。
<CT画像 右側第一、第二大臼歯部 側方から見た場合>
11ヶ月後
右隅の「HU68」は骨密度の数値。すでに、11ヶ月経過しているため、骨の再生が始まっています。矢印の先の点は初診時ではほとんど骨が存在しなかったところです。骨密度の数値は「68」を表しています。
4年4ヶ月後
初診時では定点での骨密度の数値はほとんど0に等しかったと推測されます。4年4ヶ月後では357に回復しています。
歯周病症例4(新聞読者 N.Nさん)
<歯科標準サイズX線写真 左側第二大臼歯部>
2007年6月初診
遠心にセメント質の異常沈着が認められます。
コブ状の部分は添加したセメント質です(小さな矢印)。
大きな矢印は歯周ポケット底部を示しています。
やや治癒が遅れたケース
点線内は歯槽骨が再生したと思われる範囲
コブ状にセメント質が添加した部分に歯槽骨は再生しました。
5年11ヶ月後
<CT画像 左側第二大臼歯部>
1年9ヶ月後
初診より1年9ヶ月後に撮影した画像です。治癒がやや遅れています。大臼歯部(右から二番目の矢印部分)の歯根が見えています。
5年4ヶ月後
大臼歯部(右から二番目の矢印部分)の歯根が隠れて、骨がふっくら盛り上がってきているように見えます。
上記写真で見えた矢印の先の窪みが消えています。ここに骨の再生が見られたことが推測出来ます。
<CT画像 左側第二大臼歯部をま後から見た場合>
1年9ヶ月後
矢印部分は歯根と骨の間に隙間があり、骨が溶けています。
5年4ヶ月後
矢印部分は隙間がありません。骨が再生したことを意味します。
歯根の表面にへばり着くように骨が再生しています。
※ 歯科医の方へ
クリーピングアタッチメントの「歯槽骨再生版」と言えます。
歯周病症例5(新聞読者 K.Mさん)
<歯科標準サイズX線写真 下顎前歯部>
2008年8月初診
矢印で示された骨の中の黒い部分、骨が溶けています。
※歯科医の方へ
歯随は生活していたので感染根管由来の病変ではありません。
1年4ヶ月後
白点線内が骨再生中の部分で、初診時より黒さが薄くなっています。
根管治療症例1
治療前
根管充填直後
根管充填から1年後
根管治療症例2
治療前<スライド>
治療前レントゲン
治療中レントゲン
根管長測定
治療後4ヶ月経過
治療前に矢印の位置にあった炎症が収まっています。
※術前にあったフィステル(ロウ孔)が消えています。
治療後1年7ヶ月経過
根管治療症例3
治療前
治療中
根管長測定
治療後2ヶ月経過
治療後2年9ヶ月経過
48歳から72歳までの座談会
参加者プロフィール- 氏名
- 花鳥風月さん
- 年齢
- 57歳
- 性別
- 女性
- お住まい
- 神奈川県
- 来院理由
- 歯周病
- 氏名
- H.Kさん
- 年齢
- 52歳
- 性別
- 女性
- お住まい
- 神奈川県
- 来院理由
- 歯周病
- 氏名
- momoさん
- 年齢
- 50歳
- 性別
- 女性
- お住まい
- 埼玉県
- 来院理由
- 歯周病
- 氏名
- Aさん
- 年齢
- 66歳
- 性別
- 女性
- お住まい
- 神奈川県
- 来院理由
- 歯周病
- 氏名
- T.Aさん
- 年齢
- 62歳
- 性別
- 女性
- お住まい
- 埼玉県
- 来院理由
- 歯周病
- 氏名
- M.Tさん
- 年齢
- 48歳
- 性別
- 女性
- お住まい
- 東京都
- 来院理由
- 歯周病
- 氏名
- Y.Mさん
- 年齢
- 72歳
- 性別
- 男性
- お住まい
- 神奈川県
- 来院理由
- 根管治療
来院される前の症状は?
口の中が荒れてしまって、何も入らなくて、生卵をやっと飲んでいるような状態で、口の中がひどい炎症を起こしていました。それは歯周病だけではなくて細菌も原因でしたね。
院長先生にお世話になる直前の14年前くらいから歯周病の全ての症状が繰り返されていました。歯肉炎症が短期的に繰り返されるんです。腫れては引き、腫れては引き......。抜けたままの歯もありました。
私も大変重症で院長先生のもとにたどり着くまでが非常に大変でしたよ。
おせんべいが大好きなのですが、食べるとアゴ全体がしびれて、30日くらい働き続けてきたように疲れて......。歯が浮いてるような、ネバネバしていていつも不快感がありました。
食事でいえば、私はフランスパンの皮が噛めなくて、柔らかいところしか噛めなくて、なんて情けないんだろうと......。重度の歯周病だったので歯ぐきが腫れて、体が疲れると痛みが出ていました。かなり症状が進んでいたので、歯が動揺していて固い物が噛めなくなっていました。
噛むことはもちろんだけど、私は口臭もかなり出ていました。本当に自分が嫌でした。
私は、もともと小さいときから歯が悪かったんです。お産をしたときに、歯周病がひどくなって歯を抜いて、当時通っていた先生からは将来は「総入れ歯」ですねと言われて、落ち込んだりもしました。
身体の反応で言うと、私も突然動悸症状が起こったり、自分でもコントロール不能で、精神的にもかなり不安定になってました。そのとき、ふと気が付いたら奥歯が今にも倒れそうな位、ぐらぐらになっていたんです。歯みがきをすると出血していたのに、普通はこのくらい出血するものなんだろうとやり過ごしていたなと、今考えると思います。
皆さんは歯周病だけど、僕は根管治療だったんだよね。その頃通っていた歯医者が突然「次回、3本抜きますから」と言ったんです。でも、あれ、なんか話がおかしいなと。そういえば、以前、院長先生の新聞記事を読んだのと違うな......。歯周病でも治せるのに、一気に3本も抜くっておかしいなと。
来院されたきっかけは?
先生の本を図書館で借りて読んだのが来院のきっかけです。どの本を読んでもその先生にお世話になりたいという気持ちにならなかったけど、院長先生の本は違った。
『女性のための歯周病講座』ですね。私も本がきっかけですが、根管治療の『抜かずに治せる根管治療』。どちらも読んだけど、知りたいことがちゃんと説明してある本だった。中の写真を見て、感銘を受けたのを覚えています。皆さんは歯周病来院だから、『女性のための歯周病講座』を読んだのかな?
私はその本の「自然治癒力を最大限引き出す」、「組織が悪化するという秩序を壊すような治療が必要なんだ」、「骨は必ず再生するんだ」など他に十何冊読んだ本には見当たらなかった文章があったのが決め手です。あとは、何だかわからないけれども、弱った自分を「ここは救ってくれる」気がして、心をつかまれたんです。
私は皆さんと少し違っていて、歯だけでなくアトピーなどでも体がガタガタだったんです。ある時、アトピーを治すサプリメントの小冊子を見ていたら、そこに院長先生の記事があったんです。そこに「歯は救えるんです」と書いてあって......。でも、先生がやっている治療が果たして効果があるのか?他の人がやっていない治療だったし......と思ったりもしたんですが、とりあえず電話してみました。
私は当時、フカダデンタルクリニックの近くに勤めていたので、それがきっかけです。軽いきかっけですけど、今ではそのことに非常に感謝していますよ。
私は知人の歯科衛生士さんの紹介で来院しました。T.Aさんと同じく、紹介いただいた歯科衛生士さんに感謝です。
みなさん、タイミング良く、すぐに来院できたんですね。「歯を3本抜かないと」と宣告された当時、深田先生のところで新患を受けていなかったので気落ちしてました。でも、この医院の住所を調べて、はがきを出して待つことにしたんです。ある日、先生から連絡がきて治療を受けられるようになった。連絡をいただけて本当に助かりました。
電話のやりとりで言うと、始めて電話したときに事務長が出られて、まず年を聞かれたんです。事務長は女性の年齢による微妙な口の中の変化について、よくご存知で「すぐいらしてください」と言われました。そのやりとりで、スタッフの方にも安心感を覚えました。
治療はいかがでしたか?
当然、3本抜く話はなくなったよね。自分が受けてきた今までの治療は何だったのかと思いましたよ。根管治療はもちろんうまくいきました。でも、今は自分の不養生で、歯周病になってしまって、また先生にご迷惑を......すみません、先生。
私は治療前、銀のブリッジを付けていたんですが、そこを中心に症状が悪化してしまって、先生に診ていただいたんです。ポケットができていて最悪の状態で外すこともできない物だったんですよ。それを何とか外して治療をしていただきました。
私の場合は変な治療を全くされていなかったことが逆にラッキーだったようです。この病気を治してくださるのは先生しかいないと信じてやってきましたし、先生しか知らないので、余計な知識がない分、治療に専念できました。おかげさまで今は不快な症状を忘れるくらいに回復しました。
一般的に医療というと「先生にお任せします。」という感じですが、歯周病治療に関していうとそれは違うんだとわかりました。先生を信頼して、プロフェッショナルな技術の部分は先生のお力をお借りしますけれど、日々のブラッシングなど自分でも頑張らないと治療もうまくいかないんですね。
そうそう、ブラッシングなしではこのゴールというものはないですね。今では想像できないくらいに回復させていただきましたね。
私は本に書いてあった自然治癒力を身をもって経験できたことが印象深いですね。骨って再生するんだって、ただただ、その一言に尽きます。
ここにいる、Y.Mさん以外はみんな骨の再生をされているんですよ。Y.Mさんは根管治療はよかったけど、その後に歯周病になったから、これからですね。
私は少し特殊な話がありまして、治療の最中に右の奥が腫瘍状になっていることがわかって、先生に大学病院での検査をすすめられたんです。結局、腫瘍は癌ではなかったんですが、その検査結果後も先生にはすごく心配していただいてお電話をいただいたりして......。そのやりとりで、もう私にはこの先生しかいないと思い、主人の了解を得て通うことになったんです。
大学病院では癌ではないが切除したいと言ってきたんです。でも、ブラッシングで小さくなってきてるから、M.Tさんには「次行ったら切られるから、休みなさい」と伝えたんです。1ヶ月あれば、消せる自信があったからね。
で、1ヶ月経って、本当になくなったんです。ない状態で行った。そうしたら、向こうはやることがなかった(笑)。歯周病治療も総入れ歯になるって言われて、癌の疑いがある歯がまだ口の中で残っている。本当に先生に出会えてよかったです。
フカダデンタルクリニックと出会えて、どうでしたか。
みなさん、わかってますね、ここ重要ですよ!
恥ずかしいので、やめてください!!
そうですよ!
えー、お話してもよろしいですか?
よろしくお願いします。
先生にたどり着いてからは、順調に健康な歯にしていただいて感謝しています。だから、私は命の次に歯が大事で、元気な歯でこのまま生きていきたいですね。
以前、インプラント治療をすすめてきた歯科医師のギラギラした目と、先生のまなざしを比べて、先生の目が優しいこと。それに先生は「十分考えてください」と言って考える余地もくださいましたしね。私もそれなりの年齢になっていたので、その人が「人をだまして暴利をむさぼるような人ではない」という、人を見る目はあったので、すぐにわかりました。かたや、全部取ってしまって人工的な釘のような物を埋めようとしている。かたや、何とかして歯を生かそうとしている。そう思ったら選択肢は先生しかありませんでした。
更年期の年頃なんですけど歯周病を克服して、ライフスタイルも全部見直して、規則正しい生活や食生活とか全てきちんとやるようになったので、たぶん皆さんよりも症状もほとんどないです。先生の座禅教室にも通わせていただいて、禅の呼吸法とかもすごく役に立ってます。
でも、毎月は来ませんよね。少し寂しいですよ。
最近はさぼってて、すみません。でも、その呼吸法はいろんなときに、心を落ち着かせるとか、体を整えるとかいろんな面で役に立ってます。先生は、人生においての師匠です。
ありがとう。
歯というものは悪くなるのにすごく時間がかかるものだということがわかり、自分の怠惰を反省した。その後は自分でも気をつけていたんです。そのはずなのに、忙しさを言い訳に、あっさり歯周病になってしまうとは、実に情けない。虫歯も歯周病も急になるのではなく忍び寄るようになっていくのだなと。先生が私に一筆書いてくれたように「頭で考えていることと行動が一緒」でなければ駄目なのだなと実感しました。
先生のところに来ると歯以外のことを話す機会が多いんです。もともと来院するきっかけとなった自分の中の絶望感のようなものが、その都度、希望に変わっていく感じがするんです。歯だけでなく心のケアもしていただいている気がします。
事務長さんとの会話の中で感じたことですが、患者の治療に向けて先生は計画表を作成するんです。そのとき、病気に立ち向かい克服してあげようと並々ならぬ闘志を湧かせ、事務長もびっくりするほどだと。重症患者であればあるほどそうであると。私もかなりの重症な部類に入るので、今までの先生の知識とご経験と実績をフル回転させて、克服に向けて立ち向かうという、なんか並みの先生ではないなと強く思いましたね。さっき、目がギラギラというのがありましたけど、先生は目じゃなくハートが燃えてるんですね。
Aさんの場合、お嬢ちゃんが治療に来られて、ぼそっと言われたのが「実は先生、私はとっても感謝してることがあるんです。うちでは母が一番食事が早く終わってたんです」と、食べ物の話をするのはタブーだったって言うんです。それが治ってから心配せずに食べ物の話ができるようになった。それがとってもありがたいって。
歯周病というと命に関係ない、日常生活に珍しくないような印象を受けるんですけど、やはり家族の支えもあるし、家族も巻き込んでしまう。そしてそれが長いこと続く。そういう特殊性のある病気なのだなと認識を持ちましたね。先生のところで本当にキレイにしていただきました。
Aさんは最初に治療が終わったら何が食べたいかという質問に、確かてんぷらっておっしゃってた。「サクッ」っていうあの感じが。
そうですね。あの頃前歯は飾り状態で、付いていただけで、噛み切ることが出来なかった。外食でてんぷらが食べれなかったので、てんぷらって答えたんだと思います。今ではてんぷらはもちろん、ナッツ類も食べられますよ!
みなさん、院長先生のおかげで、通院する前よりも楽しい生活を送れているんですね。副院長先生から見た院長先生の印象って、どんな感じなんですか?
院長が医院理念で掲げている「知・情・医」の実践や治療技術は見習うことばかりですね。その中で私が特に尊敬しているのは患者さんとの関係性。患者さんと二人三脚で治療していき、共に目標に向かって歩んで、治癒の喜びを一緒に感じられたらと考えています。私も患者さんとこのような関係を築いていきたいと考えています。
心配しなくても、もう一緒に歩んでますよ!
恐れ入れます。皆さんの期待に応えるためにも、治療技術を磨くことはもちろんですが、もっともっと寄り添って向き合っていけるように頑張ります。